信じていれば、
全てが真実という話。
思うに、人生には「何かを信じている過程」があるだけで。
その信じる対象は、
有効に働いているあいだは
すべて正しいのだと思う。
結婚詐欺だって、詐欺されている側は、詐欺だと分かるまでは本当の愛の1ページを刻んでいたでしょうし。たとえ一文なしでも、お金持ちだと信じているなら、その人はお金持ちなんです。
この世のどこかに絶対的な正しさが置かれているのではなく、
人は信じることによって、自分の現実に正しさを発生させています。
ただし、結果が崩れたからといって、
過去の信念まで誤りになるわけではありません。
ただ有効期間が終わり、
次に信じるものへ移る時が来ただけで。
信じるというのは、
ナマモノだという話。
正しさとは発見するものではなく、
信じているあいだ、
その人の内部に生まれているものなのだと思う。
そこと関わる話で
パーキンソンの話をしようかなと思います。
仕事は与えられた時間をすべて使い切るまで膨張すると言われてる法則です。
人の現実もまた、自分が信じている枠の大きさまで膨張していく。
一週間かかると思えば、一週間分の問題が生まれ
お金がなければ動けないと信じれば、
お金がない状態の中でしか成立しない現実が組み上がる。
反対に、
何も持っていなくても始められる
と信じている人には、
その信念に必要な道筋が見えてくる。
つまり、人は現実を見て信じているのではなく、
信じている範囲に合わせて現実の総量を作っている。
だから一文無しであることも、
その人の信念が作った世界の中では正しい。
貧しいから間違っているのではなく、
その正しさが、
そこまでの現実を完成させたというだけ。
信念が変われば、
必要な時間も、
必要な条件も、
可能性の幅も変わりますよ。
そしてその信念の背景には、
神経があるというのも押さえておいてください。






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