谷崎潤一郎は「陰翳礼讃」の中でこう書いた。
「西洋の美が光を当てることで生まれるなら、
日本の美は影の中にこそ宿る」と。
完全に照らされたものには、入り込む余地がありません。
しかし影の中にあるものは、
見る者の想像が勝手に補完します、
その補完の瞬間に、
何かが侵入してくる。
世阿弥はそれを
「秘すれば花」と
言ったのではないでしょうか?
隠すことで花になり、
見せ切った瞬間に花は散る。
これはいやらしさの構造と同じなんです。
露骨なものは来る前からわかるから、構えます。
気づいたら買ってた物とか、あなたにはありますか?
明らかなセールストークをされてないのに、自分が勝手に欲しいと思ってるような感じ。
何が入ってきているか?想像する前に既に入ってきている。
侘び寂びって、実はちょっといやらしいんじゃね?という。
で、その侘び寂びがわかってくると、
自分が欲している物をあえてボヤかすことで、
自分が想像していたもの以上のものが手元にやってくる状態を創り出せるようになります。






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