「みんなと違うことがしたい。でも仲間は欲しい」を考えてしまうと、
かなり面倒なところに行き着くという話。
なぜなら、
「みんなと違う」と「仲間がいる」は、
本来かなり反対方向の欲求なので。。
本当にみんなと違うことをしたいだけなら、話は簡単。
芸術でも研究でも何でもいいから、とことん極めればいい。
山頂に近づけば近づくほど、
同じ場所まで来る人間は減っていく。
最後には、自分一人しかいない場所に出る。
それでもいいなら、
いくらでも「みんなと違う自分」になれる。
美味しい思いをすることと、
その一人しかいない場所というのは深く結びついているし。
しかし、
そこに「仲間が欲しい」が加わると、
自由に逸脱できなっていきます。
仲間を作るには、自分以外の人間も入ってこられる余地が必要だからだ。訓練があまりにも厳しければ人が残らないし、門が狭すぎれば集団にならない。
誰もやったことがないほど特殊なら、
そもそも仲間が見つからない。
だから
「みんなやってみたい気持ちはある。
でも実際にやる奴は少ない」
という場所がちょうどよくなる。
普通の人間から見れば「なんでそんなことするんだ」と思われる。でも、その中に入れば同じことをやっている人間がたくさんいるわけで。
これなら、「自分はみんなとは違う」と
「自分には仲間がいる」を同時に満たせるが、、、
「他人と違いたい」という欲望を、
他人が存在できる範囲までしか追求できないということ。
本当に違う人間になろうとすれば、仲間がいなくなる。
本当に仲間が欲しければ、どこかで他人と同じになる。
その矛盾を引き受けず、「違う自分」と「仲間」の両方を欲しがるから、結局は「変わった人間たちの集団」の中に収まっていく。
「みんなと違う自分でいたいのに、一人になる勇気はない」内は、何かを極めるというフェーズにいないのかもしれない。





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