素直であることと、
無防備であることは違うという話。
人を疑わないことが素直さなのでしょうか?
キラキラふわふわしていることが、
幸せになる道なのでしょうか?
事実、世の中には、こちらの善意を利用する人間もいれば、
本音を見せた瞬間にそこを弱点として扱う人間もいます。
足元を見られる場面は結構ありますよね。知らず知らずのウチに、親しい人からも裏切られていたなんて経験ある方もいらっしゃるのではないでしょうか?
連帯保証人にされてしまった人。
気づかぬ内に搾り取られてしまった人。
そんな人は、見渡せば普通に存在している。
その構造を知らないまま「私は正直でいたい」
と全部を晒してしまうのは、誠実というより、
まだ闇を知らないだけなのかもしれません。
むしろ本当に誠実な人というのは、人がどう動くのか、どこでこちらの無防備さが利用されるのか、正面から行けばかえって物事を壊される場面があることまで知っているはずです。そのうえで、必要な警戒や駆け引きは持ちながらも、自分の根の部分では誠実であることを選んでいる。
ゲームの話で言うなら、
「イカサマを知らない人間がイカサマをしない」のと、
「あらゆるイカサマを知り尽くした人間が、それを使わない」のでは意味がまるで違うと言うことです。
言うなれば、闇の道を熟知しているからこそ、光の道が濃くなるということ、
光の道を辿りたいなら、闇の道を知ることを怠ってはならないということ。
騙す方法を知らないから騙さないのではなく、
騙そうと思えばできるのにやらない。
相手の弱点が見えても、
そこを突けば勝てると分かっていても使わない。
すべてを正面から受け止める必要がない
そんな場面では距離を取り、
それでも自分まで卑怯にはならない。
そういう選択の中にある素直さは、ただの無垢とは違うでしょう。
本当の光は、闇を排除した場所にあるのではなく、
闇を知った人間が、それに飲まれずに
いえ、たとえ一度飲まれたとしても、
自分の立つ場所を決め続けた中で生まれる物だと思います。





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