シンクロニシティが繰り返し来る場合は、
止まるまで意味を考え続ける。。
一度起きた出来事に意味を見出すのではなく、
何度も同じものが現れてくるなら、
それはもう「たまたま」で終わらせず、
その繰り返しそのものを見たほうがいいという話。それをしないと最悪、命が危うい場合もあるので。その逆の超ラッキーを見逃す場合もある。
たとえば、同じ人間が何度も目の前に現れる。
同じ言葉を何度も耳にする。
同じような出来事が、こちらが何かを考えたり決めたりするたびに起こる。
そのときに考えるべきなのは、
「この出来事にはどんな意味があるのか」だけだと、幸運、危険回避の機運を失ってしまう。
意味を考えるときほど、
物理的な可能性を外してはいけないということで。
たとえば車のパンクが続けて起こったなら、「これは何かの警告だ」と考える前に、車に問題がないか、道路に問題がないか、運転に問題がないかを調べる。同じ場所を通っているのなら、その道路に原因があるかもしれない。タイヤに異常があるのかもしれない。
それを調べずに霊的な意味だけを探すのは、シンクロニシティを見ているのではなく、自分の解釈を出来事に貼りつけているだけになる。
現実には、物理的な原因と意味が同時に存在することもある。
だから、まず現実を調べる。そして、それだけでは説明できないものが残るなら、そこから意味を考える。
重要なのは、「霊的な意味か、物理的な原因か」の二択にしないことであり、繰り返し起こる出来事には、繰り返し起こるだけの理由がある。その理由を現実の側からも、意味の側からも追っていく。その両軸がズレていると、いつまで経っても同じループに嵌められます。
そして、自分が意味を理解したと思ったところで終わらせるのではなく、その後に本当に出来事が止まるのかを見る。シンクロニシティは、一回の出来事を占うためのものというより、繰り返される出来事を追い続け、その意味が何なのかを突き止めるためのものであって、その突き止めの先に、何かの好転、パラダイムシフトなりが起き得る






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