認知の書き換えの裏について

人は、目の前で起きた出来事を、
そのまま受け取っているわけではありません。

まず自分の中に
「世界とはこういう場所だ」
という前提があり、

さらに

「その世界の中で、
自分はどのような存在なのか」

という関係構造があります。

その二つを起点にして、
入ってくる情報の意味を組み換えてる。

縁起のはなしをするともう何段階か深堀りできます。

つまり、
人がもつ認知構造の話ですね今回は。

たとえば、世界を競争の場だと信じ、
自分を弱い側の人間だと認識していれば、
他人の成功は脅威に見えてくるでしょうし、

反対に、世界を可能性の集合だと捉え、
自分をそこに働きかけられる存在だと思っていれば、
同じ成功をヒントとして受け取る。

人は新しい情報によって簡単に変わるのではない。むしろ、自分が信じている世界観を壊さないように、情報の解釈を調整し、全体の整合性を保とうとする。


だから、

「どういう人間になるか」や
「どのような選択をするか」は、
意志の強さだけでは決まらないってこと。

その人がどんな世界を信じ、
その世界と自分の関係をどう定義しているかによって、
自然と選べる行動の範囲が決まっていく。

よくいいますけれど、

人生を変えるとは、
行動を無理に変えることというより、
行動が生まれてくる以前の、
世界と自分との関係構造を書き換えることである。

これを観念の書き換えとかともいいますね。

追伸:
えー、こちらの記事、公開ボタンを押し忘れておりました。
大変申し訳ありません。またこの記事を24時間以内に読んでくださった方から投げていただいた質問に答える形の記事かきますのでなんでも投げてください(。ì_í。)
手動を任されるとどこかでポカする人間なので、予約投稿を使おうと思います。
重ねて申し訳ありませんでした。

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