極める道の違いについて。

何かを極めようとする時、
人はふたつの道に分かれる。

それを自分のエゴを通すための手段にする者と、
エゴを手放すための手段にする者。。

使うものは同じ。

技術も、時間も、情熱も。

まあ善悪論で言えば、
前者が悪で、後者が善だと捉えられるんじゃないだろうか。

さらに言えば、
前者は悪魔との契約により、
さらに力が強まる。

そして、現実世界では
とんでもないスピードで
願いを成就できたりもする。

とはいえ、
前者はどれだけ深みにはまっても、
悟りから遠ざかっていく。
力は増しても、人間は薄くなる。

後者は、目標にたどり着く前に、
人格が既に深まっているし、
いわゆる人格者の道になるはず。

だからと言って、
どちらが多くの人間の心を動かすか?になると
また話は変わってくる。

悪魔の方が大きな力を授ける場合も少なく無い。

現実世界で起きる恩恵を考えた時、
むしろ、エゴを通すための手段として
何かを極めた人の方が成功してるように見える。

あくまでも後者は、自己満足の世界だから、
表にすら出てこない場合もあって、
出会えること自体がレアだということすらある。

どちらが正解か?などは存在しないし、
エゴが悪いものでもないから、
何かを悩む必要もないんですけどね。
徳を積んでいれば、なんとかなるから。

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