自分の命の重みが分からない理由

その理由は、自分が一瞬のうちに世界へ出せる「出力値」を、まだ直視できていないから。

自分の一時間が何を生み、誰を動かし、どれだけ現実を変えられるのか。その量が分からなければ、一時間を失っても、何を失ったのかが分からない。時間はただ過ぎていくだけのものになり、命もまた、輪郭のない抽象的なものになってしまう。

出力量とは、単純な作業量ではなく。これまで見たもの、考えたこと、身体で覚えたこと、言葉になる前の勘や違和感まで含め、潜在意識が処理し続けてきた情報の総量である。人は、その蓄積を一瞬の判断、一言の発言、一つの作品として世界へ放出している。

だから、自分が一瞬でどれほどのものを世界へ渡せる人間なのか、その値を脳内感覚で定量化できた瞬間、時間の見え方が変わる。一日を使えば何ができるのか。一年を注げば、どこまで行けるのか。現在の出力値から未来の到達地点を逆算できるようになる。

そして、時間の価値は、寿命の短さを知るだけでは生まれない。自分の一秒に、どれほどの出力が詰まっているかを知ったとき、初めて命には具体的な重さが生まれる。

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