「自分はどこに行きたいのか?」って問いは、
一見前向きだけど、けっこう嘘が混ざりやすいです。
こうなれたら認められそうとか、
今の惨めさを帳消しにできそうとか。
未来を見ているようで、
実は今の自分を慰めるための映像を
見ているだけのことがあります。
だから人は、あえて未来をぼんやりさせます。
具体的に見えないんじゃなくて、
見てしまうと今の自分では
届かないことがバレるから、、、
たとえば「モテたい」と思う。でも本当に見るべきなのは、服装や会話術の前に、自分の中にある「モテない因果」なのだと思う。相手を見ているようで、自分がどう思われるかばかり気にしている。優しさの中に、嫌われたくない保険が混ざっている。拒絶される前に、防衛する自分。
現実を精細に見るとは、
綺麗な観察力のことではなく、
一番認めたくないものを認めることだ。
それは、諦めに近い。
でも、変わることを諦めるのではなく、
今の自分を誤魔化すことを諦めるという意味で。
すると痛みは残り、恐怖は少し消える。
恐怖の多くは、現実そのものではなく、
現実に貼り付いた幻想だから。
本物の具体性は、欲望からではなく、
諦めから生まれます。
逃げられない現実を見続けた結果、
行く場所が具体的になってしまう。
そんな視点で、あなたの夢を見直してみてください。







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