引き寄せにもエネルギーが要る、という話をすると、ではそのエネルギーは普段どこへ行っているのか、という話になる。

何かを強く願えばいいとか、イメージすればいいとか、そういう話の前に、自分の中に使えるエネルギーが残っているかどうかの方が大きい。

会社に気を取られ、家族に気を取られ、誰かの評価に気を取られ、推しに気を取られ、毎日それだけで終わっているなら、そもそも自分の現実を動かす方へ回せるものが少ない。

そこで少し変な見方をすると、この世界には、エネルギーが上へ上へ吸い上げられていくような構造がみえます。

草は土や水や光を使って育ち、
草食動物は草を食い、
肉食動物は草食動物を食う。
人間はその動物も植物も食う。

普通に考えれば、人間が一番上にいると思われます。

でも、本当にそこで終わりなのかと言われた時、
人間から何かを取って存在はないのか???

会社なんかは、よく考えると変な存在です。建物が会社なわけではないし、社長一人が会社でもない。社員全員が家に帰った夜中に、会社そのものが椅子に座っているわけでもない。それでも皆、会社のために朝起き、電車に乗り、何時間も働く。会社が儲かれば喜び、傾けば不安になる。会社で評価されるために身体を壊す人間までいる。家族も国家も似てます。スケールが違うだけで。

吉本隆明が言う共同幻想というのは、こういう、
人間が共有していることで成立しているものでもある。

触れないし、食えないし、身体もない。それでも、人間の時間や行動を動かしている。そして面白いのは、人間より長生きすること。社員が何代入れ替わっても会社は残るし、人間が何世代死んでも国家は残る。

そう考えると、

草、草食動物、肉食動物、人間、で終わっているように見えたピラミッドの上に、会社、国家、家族、宗教、思想、ファングループみたいな、身体を持たないものが乗っているようにも見える。

もちろん、本当に巨大な何かが空から人間のエネルギーを吸っているという話ではないんですが、まあ我々ホモサピエンスの幻想を共有し合えるように進化した特徴によって、さらに上の存在に何かを預ける構造が生まれている訳です。

下にいるものが、上にいるものを維持するために自分の持っているものを差し出している中、人間の場合は、自分から差し出すようになってる。

会社のために頑張りたい。家族のために生きたい。
国のために。推しのために。

そうやって、
自分が属している幻想を自分で強くしていく。

だから帰属意識が強いほど、その幻想は強くなる。その代わり、自分に残るものは減るかもしれません。そこに循環があるのかないのか?が重要な論点ですが、まず今回話したいのは、引き寄せが出来ないというのも、案外こういうところなのかもしれないという点。

願望が弱いのではなく、普段から別の何かに自分のエネルギーを使い切っている。人間は自然界の頂点にいるように見えるが、その人間の上には、人間自身が作った幻想がいる。そして人間は、その幻想を育てるために、毎日かなりの量のエネルギーを渡しているのではないか?

そういうエネルギーの吸い取り構造として、自分はどの立ち位置にいるのか?考えてみて欲しいです。

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