「気に入らないことだらけなのが正しい人生だ」
という前提に生きてないと、どこかで切羽詰まるという話。
これを知らないと、嫌なことが続いた時に「こんなの自分の人生じゃない」「もっと思い通りになるはずだった」と勘違いして、生きる気力まで削られてしまう。
価値を生み出し続けられる自分でないことに病んでしまう。
けれど、気に入らないことがあるのは人生が壊れている証拠ではなく、むしろ「気に入らないことまみれなら、あなたの人生は全く順調ですよ」と言っていいくらいだってこと。
そもそも「ワガママが何でも叶う人生」が幸福の完成形なのであれば、お金も地位も人気も手に入れた人間が苦しむ理由が説明できない。
芸能人や経営者のように、
普通の人から見れば多くのものを手に入れている人でさえ、
自ら命を絶つことがある。
つまり、
人間は「思い通りになること」
だけでは幸福になれない。
むしろ人生で必要なのは、苦しみを消し去る能力ではなく、苦しみが存在したままでも、その時間を味わえる自分を作ることであり、嫌なことが起きても、それを人生から排除すべき異物として扱わず、「これも含めて今を生きている」と受け取れること。その神経状態にあることだ。
何でも叶ってしまった最後には、
今度は暇そのものが苦しみになる。
だから幸福とは、快適な人生を手に入れることではなく、
快適ではない人生まで楽しめる自分になること。
ただし、受け入れ難い不快もあるだろうし、
徹底的に排除すべきものも存在して良い。
昨日の執筆は
こちらの追記文になってますので、
ぜひご覧ください。





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