反省もエゴ

緊張を深呼吸で対処すること。

夢を達成する為に、
日常の意識を変えていくこと。

それらもまた、
エゴの範疇であるかもしれません。

じゃあ、
何も求めないことが正解なのか?
と思われるでしょう。

何も求めないように意識しよう。
と思った時点でエゴの範疇となる。

欲望を放棄することも、意識してしまえば
欲望を放棄する欲望を持っているわけで。

我々はそうやって中々抜け出せない
牢獄にいるような時があります。

じゃあ具体的に
何をすべきなのかと言えば、
ただ今の自分を観察し続けるだけなんじゃないかと。

世界を正しく見ない限り、
常にエゴが先行してきます。

「つもり」の世界がやってきます。

感情だって、ほとんどは
無意識にマスキング、コーティングして、
ダメージを避けています。

本来、感情ってのはちゃんと
真っすぐ味わいに行くと、涙が出るものです。

ただ、
それだとエゴの範疇から離れてしまうので、
感情の栓が閉まっています。

その栓は、
開けようとして開けるものでも無く、
ただ今に在る時に開くものになります。

目的を目的とした時、
私たちはエゴに踊らされ、
逆に反対に向かっている時もあります。

目的を目的とせず、
ただあるがままでいると、
その目的から近づいてくれるものです。

コントロールしようとするより、
合わせに行きましょう。

でも、合わせに行くことに目的があった時、
それはもう合わせに行っていません。

何を目的とするかは、
何を知るべきか?につながりますが、
知ることなど、不可能なのだから
知らないままでいいのです。

あなたが存在している時点で、
あなたは何かに守られているのだから、
どうなったっていいのです。

しかし、
どうなったっていいと思い込もうとすると
またエゴの範疇に戻っていく。

ああ、また戻ったなと、その瞬間に思う。

で、
どうせまたエゴの範疇に入っていくんだろうと
諦めてみる。維持をやめてみる。

ただひたすら、観察する。

結果、気づいたら合ってます。

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