願望というものは、持てば持つほど良いというわけではありません。「これが欲しい」「こうなりたい」と願っている時、その願望が本当に自分を幸せにするものなのかは、実際のところ分かりません。
だから願望を叶えることそのものに執着するよりも、何が起こっても良しとしてしまう。一見すると悪い出来事だったとしても、それが何かの通過点であるなら、その時点では本当に悪い出来事なのか判断できません。
私たちはどうしても、目の前の現実だけを見て「これは良い」「これは悪い」と決めてしまいます。けれど、その3次元的な判断そのものを一旦やめてみる。
願望についても同じです。
「今ないから欲しい」と思っている時、
その願望は不足から生まれています。
お金がないから欲しい。愛されていないから愛されたい。今の状態が嫌だから、違う状態になりたい。願うたびに、自分の中で「ない」という前提を確認している。
つまり、叶えようとしているつもりで、ずっと「ない」を見続けていることになります。不足からの願望は、願いというより渇望に近いものです。
「○○したい」と思った直後に、
「でも無理かもしれない」
「叶わないかもしれない」
という思いが出てくる。
反対に、ポジティブな願望の場合は、
「○○したいな」
「○○しようかな」
くらいで終わります。
叶わなければ幸せになれない、とは思っていません。
叶っても叶わなくても、自分そのものは変わらないし、価値の上下もありません。
だから願望にしがみつく必要もありません。そして今の現実では、自分が安全でいられる範囲の願望が叶います。
そう考えると、「なんで叶わないんだろう?」と叶える方法を探し続けるより、「なんで私は、これを叶えたくないんだろう?」と自分の内側を見る方が大事なのかもしれません。叶わないことを問題にするのではなく、自分の中のどこが、その現実を選んでいるのかを見る。現実を無理に動かそうとする前に、まずそこを見るということから始めてみると、違う視点が得られるかもしれません。






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