えむが好きな最恐映画『CURE』催眠のヒント

こんにちは。えむです。

今回は、私が大好きな映画を紹介しつつ
”催眠”について話していきたいと思います。


なんで急に催眠について話し出すのかといえば、
我々が理想を達成するために、
いかにして自己洗脳をかけるべきか?
につながる領域の話だからです。


催眠術と聞くと、
口の中にいれたワサビが甘くなるとか、
目の前にあるコップが毛虫に見えるとか、
パチンと手を叩いた瞬間に眠ってしまう。
そんな情景とかが思い浮かぶ人もいると思います。


催眠を信じてない人もいらっしゃるかもしれませんが、まあ、ある前提で考えた時、目の前の大嫌いな対象すら好きにできる能力なんて夢みたいだ!と思われるかもしれません。

そんな力で、
自分のマインドブロックすら外せたら、
良いこと尽くしじゃないか!
夢が叶うなんて簡単じゃん!ってね。


それをいかにしてやるか?を提唱しているのが
コーチング界隈のビッグボスである苫米地博士。


ですから、
催眠と理想達成って、超密接なのでありまして、故にこそ、CUREという映画は、もしかしたらあなたにとっても大きなインスピレーションを降ろしてくれるんじゃないかな?と思って紹介してます。


きっとNUMENに来てくださってる人は、
自己洗脳とかアファメーションとかの話は
履修済みでしょうから、
何歩か先に進める催眠の話に入りましょう。


催眠って、掛けられた側は、
時間が経てば解除されますよね。


後になって「催眠だったな」と、
確認が取れるのが通常です。


ふと思うのは、
催眠って夢と似ていませんか?

夢を見ている最中は、それが夢だと気付けない。
目の前で変なことが起きていても、変だと感じない。
目が覚めた後は、それが夢で何が
どう辻褄が合わないか?もしっかり合理的に説明できる。


しかし、、
想像してみて欲しいのです。


時間が経った後も、催眠から覚めることなく
ずーっとずーっと解除されないまま、
掛かり続ける催眠があるとしたらどうでしょう?


人の心の中に深く入り込み、
催眠に掛かる前の状態も思い出せないほど、
強力な催眠です。


それに加え、
私が今回紹介する映画「CURE」では、
もっと怖いことが起きます。


人は普通、心のブレーキがありますよね。

”人して”
ここから先は一線を越えるから、
やっちゃダメだ、というブレーキです。


倫理観とも言えるでしょうか。


人を殴ってはいけない。
ナイフで切り裂くだなんてもってのほか。
自分が生命を奪う行為なんて、できるはずがない。


私たちは潜在的に、
このブレーキを持って生きていますし、
そのブレーキはちょっとやそっとじゃ壊れません。


しかし、CUREでは
そういった倫理ブレーキさえも
壊してしまう(正確には消す)
催眠術が描かれているんです。


CUREに出てくる催眠術師は、
様々な人の心の中心に居座り続ける強力な「憎しみ」
本人すら自覚していない隣人に対する「強烈な憎悪」を抽出し、
殺人という形で解放させていきます。


間宮の催眠術に掛かった人間は、
近しい人を殺害し、殺害した後
喉元をX字で切り裂きます。

そして、
催眠を受けた被害者は
誰かを殺害し終えた後も、
自分が何をしたのかわからないまま。
そして催眠をかけた相手のことも忘れるんです。


故に警察は、
犯人の足取りを掴むことが出来ぬまま。


なぜなら、外から見たら犯人たちは何の共通点もなく、各々が自発的に人を殺して、その後、なぜか共通してX字で相手の喉元を切り裂いた。ようにしか見えないんですから。


誰ひとりとして、「あの人に指示された!」
なんて口にしないんです。
やりたくてやりましたって供述をするだけ。


そんな完全犯罪を可能にさせる恐ろしい催眠術を掛ける人間は一体どんな人間なんだ?!と思いますよね。「羊たちの沈黙」に出てくるハンニバルレクターのような殺人鬼みたいに、完璧なプランを立てて、用意周到に、そしてそのご自慢の知能で、誰も思いつかないようなやり方で!と思った方、いらっしゃいます?

それが違うんです。

むしろ真逆で。

「CURE」に登場する殺人催眠術師は、明確な意図を持たず、そして用意周到にでもなく、ただ空っぽなだけなんです。というのも、催眠術師は己の名前さえわからない、自分が今どこにいるのかさえ分からない素振り(記憶障害と言っても良いほど)で、ふらふらしているだけなのです。



そして、行き当たりばったり、出会った人に催眠を仕掛け、
死をもたらした後ふらっと、どこかへ消えていく。

それなのに、催眠を掛ける場面は、妙にリアル。
人が変性意識に入り、認知の枠(ビリーフシステム)から外れ、
どんな指示でも吸収する状態になるまでの過程が、
とてもリアルなのです。

この映画以上に、トランスとかに深く切り込んでる映画は見たことありません。って言い切れるくらい、リアル。

洗脳手段では当たり前のトランス誘導、そしてアンカーとトリガーの仕掛け。エリクソン派でいうところの混乱技法などを駆使し、天才的な間合いで、催眠を仕掛けていく様子を見れます。

その描写は、ぜひ映画の中でナマで見た方がいいと思うので、具体的に術師がどんなことをやっているのか?は、敢えてNUMEN上では言いませんが、

催眠における超超超核心部分を、
催眠術師がぽろっと言っていたので、
そこだけ抜粋しておきます。

「前は俺の中にあったものが今、全部外にある。だから先生の中にあるものが俺には見えるんだよね。その代わり、俺自身はカラッポになった……」

この言葉こそ、催眠にあたっての基本のキであり、一番難しい。

催眠術師は、催眠を掛ける時、
どうしても、自我が入ります。

もっと上手く掛かってくれ。とか、
失敗したらどうしよう。とか。
こんなふうにかかってほしい!とかね。

これは、対人の場合の自我ですが
理想達成ワークでよく言われる
アファメーションにしても同じ話です。

「これを唱えればいいこと起きるはず!」という淡い期待や、「ここまで頑張ってるけど無駄かもしれない」といった不安など。そういう自我が混ざると、たちまち、アファメーションはアファメーションでなくなります。

でも、きっと、
CUREの催眠術師は、
それがゼロになってしまったんでしょう。

だから空っぽ。



故に、人間の倫理観という
最強のビリーフシステムすら貫通し、
尚且つ解除されることのない催眠を掛けられる。


何の執着もなく、
何の自我も出ないから。


一方で、もし間宮が催眠を掛ける時、相手に対して
「コイツは本当に人を56せるくらいの憎悪を持ってるのか?」とか、「家族が悲しむんじゃないか?」「犯行後に罪悪感に苛まれるんじゃないか?」みたいな思考が1ミリでも、ほんの0.0001秒の中で流れただけでも、彼の催眠は成功しなくなるでしょう。


”起こって当然”という
確信の状態から離れるからです。


まあ、CUREの催眠術師は、それだけ強力な催眠を掛けられる力を得た代わりに、記憶障害に近い代償を負うことになってしまってます。


誰もこんな領域に足は突っ込みたくはないでしょうが、
空っぽという状態がとても大事だって話は
なんとなく伝わってほしいなと思います。


執着がないって、空っぽに近いんで。


ただ在る。とか、マインドフルネスとかも
そんな空っぽに近いかな?


空っぽだから、未来が見えて、それが確信になる。


彼のように空っぽになれ!
という訳じゃありませんが、


あなたにとっての
空っぽって、何だろう?
とぜひ考えてみてください。


自己催眠に必要なヒントを得られる
素晴らしい映画なので、もし興味のある方はぜひ!


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※少しホラーチックで、グロ描写もあるため、
苦手な人は注意してください。

※以前はアマプラで無料視聴できたんですが
現在は有料レンタルになってしまってる模様😭

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