こんにちは。えむです。
今回は”運”について、
話していきたいと思います。
運気が高まる植物
運気が高まる掃除術
運が良くなるとされる
何かしらの要素ってありますよね。
”それらが運気を高めるため”という目的として置かれた時、なんだかズレそうな気がしていて。
全ては先から決まっているんだと思うんです。
例えば、掃除するから運が良くなるんじゃなく、
細かく掃除することに脳のリソースを割ける余裕があるという状態が先にある。
その余裕が生活の破綻や事故を減らし、日常における細やかな気遣いを増やして結果として「運がいい」と観測される。
笑顔でいれば人間関係がうまくいくのではなく
安全な人間関係の中にいれば表情筋は自然と緩みます。
自然と溢れた笑みは、脳からすればここは安全なんだという信号となり、幸せホルモンが分泌されてその通りに世界が固定されていきます。
人相学というのも、人が日常で起こす観念と、顔の神経がどう繋がっていて、その神経の通り道の結果として未来何が起きるか?が視えている人によって作り出されたものなのでしょう。
植物も同じで、植物が気持ちよく育ちやすい空間そのものが必要とされる。そして、とある植物が育ちやすい環境は、特定の観念を思い起こす神経に刺激しやすい空間なのかもしれない。パキラやポトスを家に置くから、金運が上がるんじゃなか卯て、パキラやポトスが自然に生き生きと育つ空間そのものに、金運という脈がつながっている。
来客は家に福を呼ぶ話も聞いたことあります。
お金持ちは、よく客人を家に招くし、その行為そのものが福を呼ぶんだと。
この行為に関しても、いつでも人を家に招き入れられるほど人との繋がりがあって、家も整っていて、お菓子とお茶も用意できていて、招き入れる事のコストも気にかけずに、おもてなしができる。そんな状態そのものが福ですよね。
そう、状態が先という話でした。
結局、原因は行為ではなく状態で、
行為は状態の表れになっているんじゃないでしょうか?
運を掴もうとすればするほど、
運という形を見ようとすればするほど、
掴めなくなる理由はここにあるのかも。
じゃあ、最初から運を呼び込める状態って決まっているんか?と言われたらそういう訳でもなくて。いかに最初から決まっていたかのように、自分で自分を勘違いさせられるか?だと思うのです。
そう最初からあったかのように。がミソです。たとえそうじゃなかったとしても、そんな訳が無いとしか思えなくても、最初からその状態があったんだと自分を騙しにいく(騙そうと思うと騙せないんですが笑)プログラムを巧妙に組んでみる事です。次はこのプログラムについて語ろうかなと思います。
なんか今、書きながら直感的に思ったことですが、分泌されるホルモンに関しても、幸せだから幸せホルモンが出るんじゃなくて、分泌により世界の見え方への錯覚が起きてるとも言えるかもしれませんね。分泌されたことで世界解釈が固定される。
ではまた明日
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